労働条件の不利益変更によるトラブル再現ドラマ
平成19年9月19日に行った演劇 ”経営者のための、労務トラブル再現劇”「放っておくと大変なことになりますよ」の第3幕の台本とポイント解説を公開します。
(注;登場人物の名前はプロ野球球団ソフトバンクホークスとは一切関係ありません)
≪第3幕≫
●●就業規則による労働条件の不利益変更
松中社長「いやいや、このあいだは大変だった。労働基準監督署が入ってきて、過去2年分の残業手当を社員に払えというものだから、とうとう1000万近く払う羽目になった。この冬のボーナスは全員ないも同然だ。」
松中専務「社長、そんなこと言ったら社員たちがかわいそうですよ。このあいだの1000万だってこの20年間経営者保険に加入していたのを解約して返戻金(へんれいきん)を当てたので資金繰りにはほとんど影響していませんよ。」
松中社長「そうか。話は変わるが、私ももう昔みたいに馬力がなくなってね。若いときは毎年40件ほどの大口の受注をとったものだが、最近では年に10件あればいいほうだ。まぁ、川崎部長ががんばってくれてるからいいんだけれど、川崎部長は小口の注文ばかりなのが難点だね」
松中専務「小さな注文でも数多く取ってこられているので、結果的に大口受注と変わらないですよ。社長みたいに大口ばかり狙っているから好不調の差が激しくなるんじゃないですか」
松中社長「そういうもんかね。ただもう私は第一線で営業するのはもうやめようと思うんだ。社長はやっぱり、マネジメントに専念するのがいいと思う。」
松中専務「へえ、それはそれは。ついでにゴルフもやめられたらいかがですか」
松中社長「ゴルフはやめん!私の健康保持のために必要なんだ! ところで、財務の面では専務がちゃんとやってくれてるのでいいが、人のマネジメントがいちばん難しい。最近経営学の本を10冊ほど読んだけれど、なんにも参考にならんかった。すべて大企業向けに書いてある。」
松中専務「あ、そうそう。この前お友達のF社の社長の井上さんがお見えになって中小企業家同友会に入会しないかって、入会案内をおいていかれましたよ」
松中社長「そうか。どれどれ。『経営者の学校』? 『社員の創意や自主性が十分に発揮できる社風と理念が確立され、労使が共に・・・』。よし!入会しよう。(会場から拍手) もうこうなったら自社のことは自分なりにとことん考えて決めていこうと思う。ワンマン社長と言われようが、変人と言われようが、いいと思ったことはどんどん実行する。今まで柴原課長に労務の面では任せていたんだがなんにもアイデアが出て来やしない。やっぱりウチみたいな会社では社長自身が労務のことを考えんといかんのだ。」
うろうろと歩きまわりながら考えをまとめようとする松中社長
松中社長「いかに社員のモチベーションというか、やる気を上げさせるかだが。。。うちの会社は社員の定着が悪すぎる。定着が悪いから、社員からマシな改善提案が出てこない。そのことが営業が時代遅れの見積り提案しかできないし、サービス課の技術が上がらない原因なんだ。営業課に歩合給を取り入れていたけど、これが問題だった。基本給が一律15万円で、歩合給が0のときもあれば30万円の月もある。社員に良かれと思って始めたのだが、なんかこの数年、社員同士の会話が少なくなりよった。できる社員はノウハウを隠しよるし、できない社員のカバーにまわる者がおらんごとなった。人間関係が悪くなったのが社員の定着率が悪い原因だし、歩合給が高い社員についても高い給料がやる気の向上に結びついておらんようだ。じゃぁどうしたらいいんだろうか。
そうだ! 直接社員の声を聞いてみよう。え〜っと。まず営業の松田君を呼んでみよう。彼は物怖じしないし、ずけずけと私に物を言うから。入社したときは大変期待したんだけど結果が伴わないので、最近はちょっとマイっているようだ」
松田君「社長、松田です」
松中社長「おお、松田君か。すまんな、忙しいときに。君ね、うちの会社はやる気が出る会社と思うか?」
松田君 きっぱりと、「いいえ。」
松中社長 椅子から転げ落ちそうになり、「いやにはっきり言うなあ、君は」
松田君 「まず、就業規則を見せていただいたことがありますが、きちんと公開して運用されていないので、何が会社の基準となっているか、どういうルールになっているのかがわからないので、上司によって言われることがまちまちです。」
松中社長「ほぉ、会社の基準とは?」
松田君「年次有給休暇にしても、1ヶ月前に申請しないといけないという上司もいるし、直前でもいいという係長もおられます。直前でもいいと言われる係長でも休暇の理由によっては『忙しいからダメ』と言われます。不公平だという不満が私達若手の間では充満しています。有給休暇も満足にとれなくて、働け、働け、売上を上げろでは、まいっちゃいますよ。」
松中社長「そうか。有休はできるだけ消化させんように管理職には私から言ってきたからな。毎年20日も有休とられたんではいつ働いているのかわからんのでね」
松田君「お言葉ではございますが、社長は少々古いと思います。プライベートがあっての仕事ですから。ワークライフバランスっていう言葉があるでしょ。このままでは僕は結婚もできません。結婚しても奥さんから逃げられてしまいます。『あなたは仕事ばかりで』って。」
松中社長「では、わかった。有休のとり方のルールを決めよう。しかし年間20日のうえに前年度繰越分を加えると最大40日もあるんじゃたまらんなぁ。」
松田君「ものの本によりますと、社労士さんの書かれた本ですが、有休は翌年度に繰り越すことができるといいますけど、有休を消化するときに繰り越した日数分から消化させるのではなくて、その年度に発生した分から消化させてもいいそうです。
繰越分が9日で新たに発生した分が20日とすると合計29日あるんですが、その年に10日を消化したとすると、新たに発生した20日から10日を消化するので、前年繰越分の9日は自動消滅しますので10日しか翌年度には繰り越しません。」
松中社長「ほぉ、新たに発生した日数分から先に消化させるのか。繰り越した日数分は2年の時効で自動消滅というわけだな。よし、じゃ、そういうふうに就業規則を変更しよう! 有休の基準さえはっきりさせれば就業規則を全員に公開できるし。私は労働基準法の中で有給休暇の規定だけが気に入らんので積極的に就業規則を作るのをあきらめていたんだ。こらからは会社の経営にプラスになる規定もどんどん入れようと思うよ。松田君は労務に詳しいね。」
松田君「私もこの会社に入って、会社が良くなってもらいたいと思っていろいろ考えていましたので。それにネットで検索すればいろんな情報が手に入ります。 有休の計画的付与というものもあります」
松中社長「なんだその、『計画的付与』というのは」
松田君「たとえば20日有休を持っている社員には、15日は会社と社員が話し合って、年間休日カレンダーにあらかじめ入れておくことができる制度です。残りの5日は急な用事のときに任意に使える日数です。つまり、年間5日を越える日数分については計画的付与が可能だそうです」
松中社長「年間休日は、うちでは年末年始や盆休みを入れて年間105日あるだろう。それに有給休暇の15日を入れて、120日も休みをやれっていうのか?」
松田君「そうです。しかし年間105日の休日といいますが、営業課では土曜日はほとんどの社員が出勤していますよ。私の場合、実際には年間80日もとれていません。休日出勤手当は、自主的に出勤しているからとか、歩合給があるだろう、ということで支給してもらっていません」
松中社長「歩合給は今後やめる。全員固定給にして半年に1回は人事評価を行う。そして、賞与で差をつけるようにしようと考えとるんだ。基本給は人事評価によって年に2回改定する。そうして、休日出勤した社員には25%割増の手当を支給するよ。この前の労働基準監督官に絞られて、もうまいったよ。今後は土曜出勤はできるだけさせないようにしないと、人件費が上がってしかたがない。これでウチも世間並みの会社になるということだ。」
松田君「私も歩合給を廃止してきちんと人事評価をされることには大賛成です。会社の方針にしたがって努力する行動やプロセスを評価していただければいいと思います。私たち社員も、会社から評価されるとまた次も良い評価をもらおうと勉強したり工夫したりします。給料のアップも大切ですけど、金額そのものは私たちにはあまり関係ありません。世間並みの給料でいいです。でも、同僚のだれそれより自分の給料が低い場合でその評価が不合理なときは、やる気をなくす場合もあります」
松中社長「高い給料はいらんというのかね。君は、というか君達若いモンはハングリー精神がないんだね。成果を賞与で差をつけることにはどう考えるか」
松田君「賞与はもらって当たり前ですから。 前年より上がれば『あぁ、良かった』で終わってしまいますが、下がった場合はショックです」
松中社長「下がったときに辞めようと思う社員は辞めてもらってもいい。なにくそ、とそれをバネにする社員にだけ残ってもらいたい。とにかく、賞与は会社の業績と人件費との調整弁でもあるから下がるときもあれば上がるときもあると考えておいて欲しい。それとだね。思い切って昇給というか賃金改定のときに、これはという社員には重要な仕事を任せて給与自体を思い切って上げてみようと思う。だめだったときは元の給与に下げる、というのはどうか」
松田君「月給が上がったり下がったりするというのも、何か不安ですが。会社からやりがいのある仕事を任されたら悪い気はしません。ようし、やってやる、と思います。失敗したときは元の給料になっても自業自得と思います。プロ野球の世界でもそうですから」
松中社長「そこで休日の話にもどるがね。年末年始と盆休みを廃止する! 有休の計画的付与というものを導入し、全員、盆と正月は有休の消化日とする」
松田君「それはないですよ。今の就業規則には年末年始と夏季休暇が合計で10日、と書いてあるではありませんか。労働条件の不利益変更となって無効だと思います。」
松中社長「これまで年間80日しか休みがとれなかったのが、実際に年間105日は休めるんだから、いいではないか。10日の計画的有休消化日を入れてだがね」
松田君「有休消化日の10日を105日から差し引きますと年間所定休日は95日にしかなりません。これでは労働基準法で定める週40時間労働になりませんよ。1年間の変形労働時間制では1日8時間労働ですと年間105日の休日が必要です。その休日日数に有給休暇は加算できません」
松中社長「では1日の労働時間を7.5時間にしよう。9時から18時までという始業時刻と終業時刻はそのままにして間に休憩を90分とする。そうすると年間総労働時間が減るからいいんではないだろうか」
松田君「そんな。実際7.5時間どころか毎日10時間労働していますよ。それに営業は今までお昼の1時間も満足に休憩を取れていません。実際には1日の労働時間は何も変わっていないのに、休みの日数だけ減らされるでは不利益変更と言われてもしかたがありません」
松中社長「実質的な休みの日数はむしろ増えているではないか。残業は今後は会社の許可なくてはできないようにしたいと思っている。許可なく行った残業は勝手な残業だから手当は一切支給しない」
松田君「売上を上げないといけない中で残業の許可制が本当にできるんでしょうか!」
(ここで解説に入る)
篠塚が2分程度解説する。
了
労働問題に詳しくない方が台本だけ読んでもよくわかられないと思いますので、私が当日ポイント解説したものを公開します。
≪第3幕≫のポイント
1. 不利益変更が合理的となる要件
労働条件の不利益変更には、次のような要件を考慮して総合的な判断が必要です。
変更によって被る従業員の不利益の程度
変更との関連でなされた他の労働条件の改善状況
変更の目的と経営上の必要性
労働組合・労働者との交渉の経過
他の社員の対応
当該労働条件に関するいわば世間相場
これらの要件を満たしていない場合は、使用者の権利の濫用で無効となる可能性が高いでしょう。
合理的な就業規則変更は有効とされた有名な判例があります。
(参考)秋北バス事件(最高裁昭和43年12月25日判決)
「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」
2. 労働時間の規制
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労働基準法第32条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を越えて、労働させてはならない。
2 使用者は、1週間の各日においては、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を越えて労働させてはならない。
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これが原則である。
この適用を緩和するものとして、1ヶ月変形労働時間制、1年変形労働時間制やみなし労働時間制などがある。
ただし、就業規則または労使協定による定めが必要である。
1年変形労働時間制における年間総所定労働時間 365÷7×40=2085時間
1日8時間労働の職場では、2085時間÷8=260日
よって、365日−260日=105日の休日が必要
1日7.5時間労働の職場では、2085÷7.5=278日
よって、365日−278日=87日の休日が必要
ただし、年間休日カレンダーと労使協定書を監督署に届け出ることが必要である。
また、法定労働時間を越えて時間外労働や休日労働をさせる場合には労働基準法第36条に基づく時間外・休日労働協定(36協定)を締結し、所轄労働基準監督署に届け出なけなればならない。
3. 年次有給休暇
労働基準法第39条 使用者は、その雇入れの日から起算して6ヶ月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
1年6ヶ月以上 11日
2年6ヶ月以上 12日
3年6ヶ月以上 14日
4年6ヶ月以上 16日
5年6ヶ月以上 18日
6年6ヶ月以上 20日
労働基準法第39条 第5項 (計画的付与)
使用者は、労使協定により、有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち5日を越える部分については、その定めにより有給休暇を与えることができる。
労働基準法第115条(時効)
この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は、2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効により消滅する。
年次有給休暇の請求権も2年間の時効とされているため、未消化の年休は翌年度に繰り越すことができます。しかし、繰り越した分の日数をを先に消化させるか、新たに発生した日数分を先に消化させるかについての行政解釈は出ていません。
年次有給休暇の取得を毛嫌いし、就業規則を公開していない経営者は、
せめて「計画的付与」や「未消化年休繰越ルール」を決めてそのルールを公開すれば、従業員からの不平不満が少しは解消されるのではないでしょうか。
就業規則を制定していない、または社員に公開していない企業をあまりにも目にすることが多い。それは「法の無知」による怠慢経営といっても過言ではないでしょう。

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