その8 短期評価でサラリーを上下させることはやめたほうが良い
「成果主義はもう捨てた。今はいかにして元の人事制度に戻すかだけを考えている。」
先日ある企業の事務方のトップを務める友人が自嘲気味に私に話をしてくれた。
「職場の雰囲気が変わってしまった。前の方が協働的コミュニケーションがとれていたよ」。
業績評価を取り入れて賃金を変動させる成果主義を導入している企業は、大手企業では約9割に及ぶ。日経新聞(2006.4.2付夕刊)に社会経済生産性本部が実施した上場企業人事担当者への調査結果を掲載している。過半数の企業で「評価する人の能力にばらつきがあり適正な評価ができていない」ために、評価に納得のいかない従業員のモラルダウンを起こしているという。プロセス評価の基準に客観性が欠け納得しがたいことが原因だそうだ。評価をダイレクトに賃金に反映させるのではなく、やりがいのある次の仕事を与えることが重要だと考えているなど、運用手法にも問題があることを指摘している。
成果主義の考え方で実施する人事評価では業績(目標達成度)評価が中心となり、プロセス(業務遂行過程)評価がそれを補完する。年齢や年功は一切加味されないものが多く、半年ごとに評価され、5段階または7段階で出された評価結果が賞与や定期昇給に直結する。サラリー(月給)が下がることもあるので「定期昇給」ではなく「給与改定」である。
資格等級制度があり、会社規模によって異なるが全社員が役割や遂行能力に応じておよそ5〜10段階の資格等級のいずれかに格付けされており、自分の位置する資格と評価結果によって昇給幅が自動的に決まるものが多い。課長、部長などの「職位」とは切り離して運用されるが、課長になるためには資格等級4級以上の者から選ばれるなどの基準を定めている。
資格等級制度は基幹業務を担う社員には極めて重要な仕組みである。人事制度は資格等級制度であるといっても過言ではない。「昇格」することは、従業員にとって実力を認められたことになり、ポストがあれば昇進も可能だ。任される仕事が増えればやりがいにつながる。正社員だけではなく、パート社員にも3段階程度の資格等級を設定することもパートタイマーのやる気を増す。
会社の経営方針に不満がなく周囲との良好な人間関係があれば、仕事そのものが職務満足となる。結果が出れば自己効力感を得られ、仕事を通じて社会貢献をしている実感がわく。
社員が1人の企業でも長期雇用を前提としているならば、ぜひとも自社なりに整備しておきたい仕組みである。
人事評価と資格等級制度(又は賃金制度)とは一度切り離して考えてみてはどうかと私は考えている。大手企業で成果主義が失敗しているのは、賃金と評価とを直接結びつけているため、人事評価の結果が賃金にダイレクトに影響しすぎるためではないだろうか。
半年という短期評価で高い評価を取った者にサラリーをいきなり上げることがその者のためになるだろうか。もし次回の評価で悪かったら給与は下がるかもしれないという不安と、成果を認められたことよりも給与を上げられたことで更に高い評価を得なければならないという精神的抑圧感が高まることが社員を疲弊感に追い込むことになる。3年くらいの長期間じっくりと実力を評価された場合に昇給や昇格をさせれば、その社員に蓄積された能力が、上司からの期待という圧力に負けることはないであろう。
人は金銭的報酬だけで動機付けはできない。無報酬で、好きでやっていた行動に金銭をやるようにしたところ、金銭的インパクトが強すぎて行動を怠けることが心理学実験で証明されている。行動自体の面白さや楽しさが間に金銭が入ることによって失われてしまうのである。(Edward Deci,1975)
短期評価型の成果主義はまさに、仕事のパフォーマンスに金銭的報酬が介在することで仕事そのものの面白さや楽しさを奪ってしまっている。心理学者デシによれば、内発的動機付けを得るためには、金銭的報酬がパフォーマンスによって直接決まらないようにすればいい、と。また、「金銭は有能さに関する情報として使うべきものなのであって、稼いだ額に見合った報酬としては使うべきではない」とも言っている。
人事評価の評価基準や上司の評価能力を問題とすることよりも、その運用において、評価結果をサラリーや賞与に反映させすぎていることが大問題である。昇格にこそ評価結果を利用すべきであって、昇給は同じ資格等級に留まる限りわずかな昇給、もしくはなしとするほうが、低経済成長の中で利益向上を目指す企業にふさわしい。
参考文献;日経BP社「虚妄の成果主義」高橋伸夫著)
⇒社会保険労務士法人パートナーズの人づくり人事制度を見る

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