その11 労務管理視点から見たコンプライアンス
1.内部告発の増加。「従業員の口封じまではできない」
コンプライアンスは、「従順、同意」と訳されるが、同時に、事業活動において法律を遵守すること、広くは倫理や道徳などの社会的規範を守って行動することをいう。
最近の日本社会は産地偽装、偽装表示、偽装請負、介護報酬違法請求、違法派遣と、正に「偽装」と「違法」のオンパレードである。グッドウィルや船場吉兆は最初は現場の従業員のせいにし、最終的には会社ぐるみだったことを認めた。その後の経過は新聞報道でご存知のとおりだ。法令遵守をないがしろにした企業の末路は悲惨というほかない。幸いに存続できたとしても経営トップは“失格”の烙印を押され、多くの従業員が犠牲となって職場を失う。
これら企業の不祥事の発覚は、多くが内部告発によるものだと言われている。2006年4月に公益通報者保護法が施行され、社会的に有益な「内部告発」をマスコミや官公署に通報した従業員を保護している。自社内の不祥事や違法行為を社員が外部に通報することは悩みに悩みぬいた末でのことだろう。これからの企業は、そうした社員の真摯な意見や思いを社内で吸い上げて、自ら襟を正していくことが求められる。
我々の心の中に、「わからないようにすればいい。自分だけがやっているのではない、よそでもやっている」といった悪しき考えが蔓延してはいないだろうか。一部個人のそうした意識が個人の集合体である企業組織を支配してはいなかっただろうか。社員としては違法性の認識がありながら「会社に居られなくなる」などの報復を恐れ、外部への申告をためらわせる原因となっていた。
しかし、これまでのように会社が社員に会社への忠誠を求め、社員の側としても終身雇用と引替えに身を粉にして会社人間としてふるまってきた時代は、団塊世代の大量定年を機に急速に終焉を迎えようとしている。内部告発の増加は、従業員の会社へのロイヤルティ(忠誠心)の低下を時代背景としている。
2.労使一体感は、対等な立場で結ばれた雇用契約が前提
P.F.ドラッカーは、昭和44年の著作「断絶の時代」(上田惇生訳)の中で「従業員に忠誠を要求することは、許しがたいことであり、正統性を欠く。組織とその従業員との関係は、契約上のものであって、あらゆる契約関係のなかで最も狭義に解釈すべきものである。このことは、組織と従業員の間に、愛情、感謝、友情、敬意、信頼があってはならないということではない。それらは価値のあることである。しかし、いずれも付随的であって、勝ち取るものである。」と言っている。
ここでドラッカーは、労使の関係とは“契約”であることを明確に提示している。師弟関係でも家族でもなく、支配と服従の関係でもない。しかも、その契約は狭義に解釈することを求めている。このことは、労使相互の権利と義務を明らかにした上での契約締結を示唆する。つまり、正しい雇用契約関係をベースに、他の施策を織り交ぜることで企業は従業員の信頼感を勝ち取ることができるのである。
経営指針を作成し、ビジョンやミッションを従業員との間で共有している企業の体質は強いものがある。社会的存在である企業が社会における存在価値を高めるため、経営陣だけでなく、従業員を巻き込んで社会において役割を果たそうとする意義は大きい。ただ、経営者と労働者との関係は、そう易々と一心同体となれるものではなく、まっこうから対立する概念であることを忘れているケースがたまに見受けられる。
3.経営指針だけでは法的リスクには耐えられない
従業員に対し、労務や技術や知識の提供を求めるだけでなく、心(ハート)でさえも会社へ提供することを求めるものがある。
経営理念への賛同を条件に従業員として採用するのは良いとしても、理念とかけ離れたところで過大な課題を従業員に求めてはいないだろうか。事業活動には社会への悪い影響を防ぐために法令の制約がかかっている。数値目標を重点にした成果主義の人事制度や歩合給の給与制度が長時間労働を助長しがちなことは、理屈で考えればすぐにわかる。また、形だけの管理職と称して時間外・休日労働手当を支払わないことは、コナカや日本マクドナルドに対する司法判断を見れば労働基準法違反であることは明らかである。
また、人間性や人間力の向上を社員教育の方針とすることは、それが理念として掲げるだけなら許されるだろうが、具体的な評価基準にまで落し込むことは信条の自由を侵害してはいないか。
まず社会があって、その後に企業があることを忘れてはならない。始めに企業有りきではない。
労使の関係は契約であり、対等な立場で契約にあたるということを知らずに作成された経営指針書をもつ企業では、長時間労働が長年累積した職場風土となっているケースもある。経営モデルやマネジメントの悪さが結果として、過重労働や低賃金労働となって従業員に皺寄せがきているとも言える。
潜在化された従業員の不満は、企業にとって大きなリスクを抱えることとなる。内部告発だけならまだしも、過重労働の職場では、若い従業員はうつ病、中高年従業員は脳血管疾患を発症させることが統計的にわかっている。労働災害と認定された場合の莫大な賠償額とともに、経営組織に致命的ダメージを与えかねない。
4.“守り”の態勢を固めることが結果的に利益を生む
「中小企業が労働基準法を守れるわけがない」という声をよく聞く。労基法を守っていたら競争市場で太刀打ちできないというのが理由であろう。それらの発言の真意には時間外労働割増賃金のことがある。固定的残業手当を支払って無制限に仕事をさせているケースがあまりにも多い。ところが同じ企業が年2回の賞与を一人あたり数十万円支給していたりする。賞与の原資がそんなにあるなら残業手当をなぜ法定どおりに支給しないのか疑問が残る。「よその会社でもやっている」意識と、「労働基準法は労働者のためのものであり経営者にとっては悪法だ」という意識が正しく法を理解することを妨げている。少し法をかじった労働者が時間を記録したメモを持って労基署に申告すれば高い確率で“御用”となる。
「孫子の兵法」軍形篇に「戦上手は、まず自軍の態勢を固めておいてからじっくりと敵の崩れるのを待った」とある。攻撃には防御の3倍の戦力が必要なのに対し、防御側は攻撃側に対して2分の1の兵力で凌げるという(「最強の孫子」守屋淳著)。
法令遵守や適正な計数管理や労務管理が即座に企業の利益となるわけではない。経営にとっては後ろ向きの投資だといえばそれまでかもしれない。しかし、事業を運営する中で、新規事業に打って出る機会がそんなに巡ってくるものではなく、日常の業務は顧客を維持し、従業員のモチベーションを維持しながら、次の一手を地道に考えていかなければならない。日常のマネジメントにおいて“守ること”つまり、企業の態勢を固めることが、いざ市場においてチャンスを得て攻撃に出る場面で、強大な“力”となるのではないだろうか。

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